胞巣状軟部肉腫
要旨
胞巣状軟部肉腫(ASPS)は、稀で、予後が不良な腫瘍です。特異的な組織学的・分子生物学的特徴を持ち、独特の臨床像を示しますが、発生起源については不明です。一般的に若年者に発生します。他の軟部肉腫と違い、脳に転移することもあります。遠隔転移を生じても手術を行うことで治療成績の改善が見込めます。その一方で、従来の化学療法や放射線治療によっては有意な生命予後の改善は期待できません。ここでは胞巣状軟部肉腫の臨床所見、診断、画像の特徴、治療の概要について述べます。
背景
胞巣状軟部肉腫(ASPS)は独特の組織学的な特徴を持つ軟部肉腫の一亜型です(1)。稀な腫瘍で、典型的には青年期や若年期に発生します。全軟部肉腫の0.5%~1%を占めます。比較的緩徐に大きくなりますが、79%もの症例で転移がみられ、従来の化学療法レジメンに高い抵抗性を示します。治療抵抗性のため、転移した場合の致死率は高率です。
胞巣状軟部肉腫について最初に報告したのはChristophersonです。彼はそのときメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターの外科病理学の研究員でした。1952年、Christopherson は、ある特徴的な軟部肉腫12例の報告を行い、「胞巣状軟部肉腫」と名付けました(1)。この腫瘍は、平らな内皮細胞によって縁取られた類洞様血管網を含む結合組織の繊細な隔壁によって隔てられた巣、すなわち「胞巣」の中に腫瘍細胞が配列する組織学的所見を示す腫瘍と定義されました(1)。Christophersonの論文に先行して胞巣状軟部肉腫は「悪性筋芽腫」、「顆粒細胞筋芽腫」、「悪性顆粒球細胞筋芽腫」などの様々な他の名称で述べられていました(2-6)。Christophersonらは、後に胞巣状軟部肉腫の特徴となる細胞質内の結晶構造については述べておらず、細胞質内結晶構造について言及していたDr. Pierre Massonの未発表のレターを引用していました(1)。従って、細胞質内の結晶構造については、後の1956年に結晶構造の電子顕微鏡学的構造についての論文を出したDr. Pierre Massonの業績です(7)。Christophersonやその共著者達は知りませんでしたが、彼らの発表の一年前に、SmentanaとScottによって胞巣状軟部肉腫は非クロム親和性傍神経節の悪性腫瘍として報告されていました(8)。彼らがこの用語を選んだ理由は、この腫瘍が非生理学的に活性化した傍神経節に似ているからで、原始傍神経節に似た構造が軟部組織の体細胞に通常存在しているのではないだろうかという仮説を立てました(この仮説は後に否定されています)。SmetanaとScottも、胞巣状軟部肉腫の細胞質内結晶構造を観察しており、性質の不明な棒状の好塩基性物質と述べています(8)。
臨床所見
臨床所見 胞巣状軟部肉腫は軟らかい腫瘍で、緩徐に発育し、機能障害を示すことは稀です。成人では通常下肢に発生することが多いですが、女性生殖器官、縦隔、乳腺組織、膀胱、消化管、骨など、様々な場所に発生します(9-11)。小児期では、頭部・頚部の領域に最もよく発生します。非常に血流が豊富で、場合によっては血管雑音を伴って拍動していることがあります。
症状が軽微なため、容易に見逃されやすく、肺や他臓器への転移が出現してから初めて気づかれることもあります (12)。肺、骨、中枢神経、肝臓が最も転移しやすい臓器です(11)。腫瘍の最初の切除から15年たってから転移が出現することもあります。他の軟部肉腫と違い、胞巣状軟部肉腫は脳に転移することもあり、これは転移性胞巣状軟部肉腫の一特徴とされています (図1) (11, 13-15)。
テキサス大学MDアンダーソンがんセンターで治療された70例に対して検証を行ったところ、脳転移は他臓器へ転移があれば殆どの症例で認められていました(11)。
画像所見
画像所見 この稀な腫瘍の正確な診断と治療を行うためには、適切な画像所見と臨床病理学的所見との関連性を持って、臨床的に強く疑うということが必要です。胞巣状軟部肉腫を動静脈奇形と鑑別するためには、臨床症状や画像所見ではっきりしなければ早期の生検が必須です。胞巣状軟部肉腫は血管造影やコンピュータ断層撮影(CTスキャン)において血流豊富な腫瘍として描出され、濃染される曲がりくねった拡張血管が流出しています(16)。
診断
胞巣状軟部肉腫の診断には、多くの臨床医の力が必要です。放射線科医(画像を読影する専門的な訓練を受けた医師)、病理医(組織や体液における病気の影響を解析し、診断する医師)、腫瘍外科医(腫瘍の外科的治療を扱う医師)、腫瘍内科医(腫瘍の治療に化学療法を用いる医師)などです。
図2は50歳男性、前下部胸壁に発生した直径10cmの胞巣状軟部肉腫のCT画像です。辺縁は血管があり、中心部は壊死に陥っています。
MRIでは一般的にT1強調画像とT2強調画像のどちらも高信号を示す腫瘍として描出されます(17)。26.4 mCi Tc-99m HDPを投与する3相骨シンチグラフィーが腫瘍の血管分布を描出するために行われることがあります(18)。
病理所見
腫瘍の大きさは一般的に3cmから8cmですが、20cmに至る症例もいくつか報告されています。肉眼上は薄い灰色または黄色調で、軟らかい腫瘍です(図3)。
大きな腫瘍では、通常、壊死や出血が認められます。組織学的に胞巣状軟部肉腫は繊細な線維血管性の隔壁によって区切られた境界明瞭な胞巣から構成されています(図4A)。これらの胞巣内には細胞の結合性が著明に欠失したところがありますが、これがこの病気の名前の由来となった独特の偽胞巣様式を形作っています(19)。若年者の舌に発生した胞巣状軟部肉腫は異なった様相を呈し、胞巣状軟部肉腫の亜型とされています。舌発生例では、舌以外発生の胞巣状軟部肉腫に典型的な所見である細胞接着欠落が部分的にみられず、胞巣状ではない充実成分が認められます (20)。ほとんど全ての症例で腫瘍周囲の血管内への進展が認められ、胞巣状軟部肉腫が高率に転移する理由と考えられます(図4B)。
細胞内にはしばしば好酸性の結晶構造もしくは桿状の封入体を含んでおり、ヘマトキシン・エオジン染色で、かすかに観察することができます。Periodic acid-Schiff (PAS) 染色では、細胞質内グリコーゲンと、典型的なPAS陽性を示すジアスターゼ抵抗性のひし形または桿状の結晶が認められることがあります(図4C、D)。典型的な結晶物質は少なくとも80%の症例に認められ、PAS染色陽性の顆粒は殆ど全ての腫瘍に存在します。この胞巣状軟部肉腫の結晶性細胞質内顆粒はモノカルボン酸輸送体1 とCD147が含まれています。電子顕微鏡で観察すると、胞巣状軟部肉腫は多数のミトコンドリア、著明な滑面小胞体、グリコーゲン、そして良く発達したゴルジ装置を持っていることがわかります。
胞巣状軟部肉腫のもう一つの電子顕微鏡的特徴として、膜結合性または膜遊離性のひし形・桿状の結晶が硬い微小線維から構成されているということがあります(図4D)。胞巣状軟部肉腫はまた中間径フィラメントの一種であるデスミンを発現しています。腫瘍の約50%にデスミンが発現していると報告されています(9)。ただ、デスミンの発現は、悪性黒色腫やユーイング肉腫、類血管型悪性線維性組織球腫など、広く他の疾患でも認められる可能性があることを認識しておくことは重要です(R)。
胞巣状軟部肉腫はしばしば診断に苦慮する代表的な腫瘍です。腫瘍細胞は上皮様の様相を呈し、偽血管性の発育様式をとるので、腎細胞癌の転移、傍神経節腫、顆粒細胞腫、悪性黒色腫などの様々な腫瘍と類似することがあります(21)。多くの症例では、PAS染色陽性・ジアスターゼ抵抗性結晶物質が証明されることに加えて、臨床所見が合っていれば、診断を行うことができます。ときどき細胞質内結晶が存在しないことがあります。こういった場合においては、臨床背景が合致すること、多数の小型の顆粒をその内部や周辺に含むゴルジ複合体が良く発達していることが診断の補助となります(21)。免疫組織学的解析は鑑別診断を行う上で有効な手段です。例えば、腎細胞癌はサイトケラチンが強く発現しているということで胞巣状軟部肉腫と鑑別することができます(9)。これに加えて腎細胞癌では細胞質内結晶構造や小型の緻密な顆粒を含むゴルジ複合体がありません。舌発生の胞巣状軟部肉腫はしばしば非常に小さな細胞の胞巣を呈し、真の傍神経節腫と良く似ています(20)。この2つの疾患は、傍神経節腫がクロモグラニンやシナプトフィジンに強陽性、デスミンに陰性となることから鑑別することができます。
顆粒細胞腫は微粒子を含む多数のリソソームがあり、結晶体がないことで胞巣状軟部肉腫と鑑別することができます(22)。悪性黒色腫はプレメラノソームがあり、結晶体がないことで胞巣状軟部肉腫と鑑別することができます(9)。
遺伝子解析
胞巣状軟部肉腫は腫瘍特異的な遺伝子転座der(17)t(X;17)(p11;25)を示します(訳者注、X染色体の短腕11と17番染色体の長腕25が入れ替わった17番染色体の派生染色体)。この転座はXp11.22上にある転写因子TFE3と、ASPLもしくはASPSCR1と名付けられた17q25上の新規遺伝子との融合を引き起こします(図5)。
図5
パネルA:非対称融合は肉腫においては稀ですが、Aの右上に示すように胞巣状軟部肉腫では多く認められます(A;右上)。
エクソン3-8とエクソン4-8: ASPSCR1(17q25、青)(以前はASPLと呼ばれていた)における切断点は不変です。このことから、図示されているようなタイプ1とタイプ2の融合転写産物ができます。タイプ2はTFE3の活性化領域を含みますが、タイプ1は含みません。しかしどちらもTFE3のDNA結合領域とASPSCR1の活性化領域とを結合させて新規の転写因子を形成します。このタンパクの機能的な違いや臨床成績については報告されていません。タイプ1の融合はタイプ2よりも引き起こされやすい可能性はありますが、少数例が報告されているだけです。
このX染色体と17番染色体の間で特徴的な転座が起こることにより標的遺伝子の活性が変化します。このことは、転写を制御できなくなることが腫瘍発生に関与することを示唆します (23)。この転座はASPL-TFE3融合タンパクを形成します。ASPL-TFE3はTFE3が調節する遺伝子の転写活性を制御できなくする異常な転写因子として働きます。
ASPL-TFE3転座を持った腫瘍はTFE3を発現することが示されています(図6)(24)。結果として、TFE3の核内発現を確認することが胞巣状軟部肉腫の確定診断を得る上で有用です。
治療
腫瘍が局所にとどまる場合、治療は根治的な切除を選択します (14, 25)。再発率は11~50%の間であると報告されています(10, 11)。顕微鏡的な完全切除(R0切除)を達成することが局所にとどまる胞巣状軟部肉腫に対して有効なのですが、正確な診断の理解不足からくる不完全な切除もしばしば見受けられます。転移発生率は79%に達するにもかかわらず、患者さんの5年全生存率は45-88%です(10, 11, 26-28)。初診時に転移を有する症例に対しては通常の化学療法、放射線治療、腫瘍切除を行っても、無治療群と比較して生存期間に有意な差はありません(10,11)。
筆者らの施設では、転移のある胞巣状軟部肉腫に対しては、それぞれ個別的に評価を行います。胞巣状軟部肉腫は従来の化学療法には抵抗性であるため、経過観察とするか、可能性のある新規治療を用いた臨床試験に参加することを提案します。少数例での検討なので、さらなる検証が必要ですが、以前から報告されているように、転移病巣切除(放射線治療有無にかかわらず)が行われた肺転移症例では、非切除群と比べて平均生存期間が長い傾向がみられます(218ヶ月対63.5ヶ月)。Salvatiらは、胞巣状軟部肉腫の脳転移切除後、引き続いて放射線治療と化学療法(併用またはどちらか一方)が施行された胞巣状軟部肉腫患者の写真の3例を報告しています。3例のうち2例は15ヶ月および20ヶ月間生存しましたが、残りの一人は24ヶ月間生存しました(29)。患者数が限られており、胞巣状軟部肉腫の脳転移に対する外科的切除の有用性について結論を得ることは困難ですが、筆者らは、全身状態が良好であり、合併症が許容範囲内で切除できる場合には、転移巣切除を考慮しています。
新しい標的治療
転移性疾患であっても手術は予後を改善する可能性がありますが、従来の抗がん剤や放射線治療は生命予後を有意に改善しないことがわかっています (30, 31)。他の軟部肉腫に使用される化学療法のレジメンは、胞巣状軟部肉腫には一般的に効果がありません。近年、がんの全身治療は、非特異的な細胞傷害性薬物よりも分子標的治療に関心が集まっています。こうした薬物治療の変遷は、阻害剤に適するような標的分子の探求と同定を加速させることとなりました。例えば、筆者らは胞巣状軟部肉腫の有望な標的分子の発現について、組織マイクロアレイで検討しました(32)。こうした生物資源を用いることで、胞巣状軟部肉腫ではc-Met受容体およびその下流にあるエフェクター(AKTやERK)が活性化しているということを明らかとすることができました。
c-Met受容体(MET)をコードする遺伝子は、近年ASPL-TFE3の転写標的であることが明らかとなりました(33)。この遺伝子はTFE3によって活性化され、c-Metタンパクの産生を増加させます。c-Met受容体とその下流のシグナルは腫瘍における血管新生(血管の増生)、増殖、生存、細胞運動、浸潤を促進させる事が示されており、もしかすると胞巣状軟部肉腫における悪性転化に寄与しているかもしれません。以上の事から、c-Metの研究には更なる注目が集まっています。
c-Metはチロシンキナーゼ受容体の一つです。c-Metとそのリガンドである肝細胞増殖因子(HGF)はどちらも正常哺乳類の発達に必須で、とりわけ細胞遊走や形態分化、三次元的管腔構造の構成の他、細胞増殖や血管新生において重要であることが示されています。c-MetとHGFは双方とも、いくつもの主要なヒトのがんにおいて脱制御されていることが示されています。c-MetとHGFを標的とした新規治療薬は、細胞実験や動物実験が行われているところですが、良い結果が得られつつあります。これらの薬物は、RNAやタンパクレベルにおけるc-Met発現やリガンド-受容体相互作用、チロシンキナーゼ作用を含む様々な段階において機能します。
c-Metはチロシンキナーゼ受容体の一つです。c-Metとそのリガンドである肝細胞増殖因子(HGF)はどちらも正常哺乳類の発達に必須で、とりわけ細胞遊走や形態分化、三次元的管腔構造の構成の他、細胞増殖や血管新生において重要であることが示されています。c-MetとHGFは双方とも、いくつもの主要なヒトのがんにおいて脱制御されていることが示されています。c-MetとHGFを標的とした新規治療薬は、細胞実験や動物実験が行われているところですが、良い結果が得られつつあります。これらの薬物は、RNAやタンパクレベルにおけるc-Met発現やリガンド-受容体相互作用、チロシンキナーゼ作用を含む様々な段階において機能します。 胞巣状軟部肉腫に対する治療として、新規のc-Met阻害剤であるARQ197を用いての第Ⅱ相臨床試験が行われました。2009年のASCO(American Society of Clinical Oncology、米国臨床腫瘍学会)で発表されたこの臨床試験の予備データによると、28症例—そのうち17例が胞巣状軟部肉腫—がARQ197によって治療されました。胞巣状軟部肉腫のうち15例は29週以上にわたって腫瘍の増大を認めませんでした。有効性について検討した20例のうち、奏効率は5%で、疾患制御率(完全奏功+部分奏功+安定)は80%でした。また、ERKやAKT経路の活性化は、活性型c-Met受容体以外の刺激因子によって引き起こされている可能性がありした。現在、胞巣状軟部肉腫の症例において、AKT阻害剤であるKRX-0401(ペリフォシン)を用いた第Ⅱ相臨床試験が行われつつあるところです。
胞巣状軟部肉腫は著明に血流が豊富であることから、筆者らは血管新生誘導遺伝子の発現を、血管新生に関わる遺伝子のオリゴマイクロアレイを用いて検討しました(28)。その結果、胞巣状軟部肉腫に強く発現する18個の血管新生に関わる遺伝子を同定することができました。これらの結果を支持するように、いくつかの研究グループにおける胞巣状軟部肉腫モデル(34、35)を用いた動物実験では、ベバシズマブなどのような血管新生阻害薬の有効性が報告されています。さらに近年、胞巣状軟部肉腫症例を含む臨床試験において、新生血管阻害薬であるVEGF/KITチロシンキナーゼ阻害剤、セディラニブ(AZD2171)の抗腫瘍効果が示されています。この臨床試験は第Ⅱ相試験で、胞巣状軟部肉腫症例に対するセディラニブの使用効果を評価するものであり、現在進行中ですが、患者登録は終了しています。
最近注目されている他の治療法はチロシン受容体阻害剤の使用です。胞巣状軟部肉腫では、PDGFR(血小板由来成長因子受容体)、EGFR(上皮成長因子受容体)、METファミリー、RETなどのチロシンキナーゼ受容体(TKR)の高度活性化が報告されています(36)。ある報告によると、5例の胞巣状軟部肉腫のうち、進行性の4例に対してスニチニブで治療が行われました。スニチニブは、チロシンキナーゼ受容体阻害剤であり、PDGFRやKIT、FTL3、VEGFR、RETを標的とし、直接的な抗腫瘍効果に加えて、血管新生阻害効果を持ちます(36)。治療効果をみた4症例のうち、2例は部分奏効、1例は安定、1例は進行でした。このデータはとても予備的な試験段階のものですが、スニチニブは将来有望で、胞巣状軟部肉腫に対する効果が示唆されています。いくつかの論文では、胞巣状軟部肉腫患者の写真におけるネクサバール(ソラフェニブ)などのチロシンキナーゼ受容体阻害剤の使用可能性が示唆されています。
経過観察
転移のない症例のフォローアップ
病気の再発や治療の副作用などが起きるリスクがあることから、患者は経験豊富な腫瘍専門医によって長年にわたり経過観察されるべきです。胞巣状軟部肉腫は診断から何年もたってからでも、手術によって完全に切除された後でも、再発することがあります。原発巣と肺に対する評価を含む長期の経過観察を行うことが推奨されます。経過観察のスケジュールをどうするか、また、どのような検査を行うべきか、については症例によって異なりますが、検査に伴うわずかですが無視することはできない放射線曝露へのリスクも考慮すべきです。胞巣状軟部肉腫の再発は手術によって治療できる可能性があります(37)。
転移のある症例のフォローアップ
胞巣状軟部肉腫は様々な組織に転移する可能性がありますが、主として肺が主に観察すべき部位です。受診の際には、医師による病歴聴取と診察および肺の画像検査が必要です(38)。胞巣状軟部肉腫に対して、常に頭蓋内病変の画像検査を行うことを推奨するような根拠はほとんどありません(11)。頭蓋内病変の画像は、肺転移が顕在化するか神経学的所見があるときに考慮されるべきです。転移が存在しても長期生存は可能です。少数の胞巣状軟部肉腫症例を対象とした転移巣切除術の報告では、良好な成績が示されていますが、それは手術を行ったからなのか、それともこの病気の進行が遅いという性質の為なのかは定かでありません。従って胞巣状軟部肉腫の単発転移症例に対する手術の意義について評価するのは困難です。我々は転移のある胞巣状軟部肉腫の患者さんは症例ごとに評価し、良好な全身状態で医学的に手術可能な症例に対しては、術後の合併症が許容できる範囲内で完全切除が可能であれば、転移巣切除を考慮することを勧めています。
結語
「胞巣状軟部肉腫」は、稀な軟部肉腫の一つで、典型的には若年者に発症する腫瘍です。特徴的な組織学的所見と特異的な分子遺伝学的異常により診断され、その予後は不良です。胞巣状軟部肉腫の特異的な染色体転座を同定することで、この病気の発症機序の重要な情報が明らかとなったのみならず、分子標的治療の可能性が示唆されています。多くの詳細な報告によって、胞巣状軟部肉腫の化学療法感受性が高くないということが示されており、このことは局所性疾患に対しては手術が第一選択であるという根拠となっています。胞巣状軟部肉腫は極めてよく転移をしますが、現時点で最も大規模に臨床症例を集めた論文においても(10, 11)、転移した胞巣状軟部肉腫に対する最適な治療は定まっていません。我々の経験では(11)、転移例に対する通常の全身化学療法の利点は不明です。
しかしながら、現在勧められている治療法は非常に限られた臨床情報に基づくものです。発病しなければ通常の日常生活を送っていたと思われる人に不運にもできてしまった胞巣状軟部肉腫に対して、血管新生阻害薬やチロシンキナーゼ阻害薬といった新しい分子標的治療が、新たな治療法となることが期待されます。
用語集
血管造影:体内の血管を可視化するのに用いられる医学的画像技術。
動静脈奇形:静脈と動脈の異常吻合。
好塩基性: 細胞や組織の顕微鏡的な性質のことで、塩基性染色液で染色することで見ることができます。
血管雑音:血流が動脈内の狭窄部を通り過ぎ、いわゆる乱流を生じた際に出す異常音のことで、聴診器で聞くことができます。
クロモグラニン:神経内分泌細胞内で発現し、放出されるタンパク。
臨床病理学的:疾患の症状と病理双方からみた。
サイトケラチン:上皮組織の細胞内骨格に存在するケラチンを含んだ中間径フィラメント。
小胞体:細胞小器官のひとつで、多くの細胞小器官のタンパク成分や脂肪成分の産生に関与します。
好酸性:好酸性とは酸性を好む性質のことで、組織や細胞においてエオジンという染色液で染まります。
ユーイング肉腫:骨や骨近くにできる肉腫の一種。
融合タンパク質:元々は別個のタンパク質をコードする2つ以上の遺伝子が組み合わさることで産生される異常なタンパク質。この異常なタンパク質によって細胞が制御不能に増殖し、がんになる可能性があります。
ゴルジ装置:動物細胞の細胞質にある網状構造物
ヘマトキシリン・エオジン:組織学で一般的に用いられる染色方法
組織発生:未分化な細胞から組織が形成されたり分化したりすること。
組織像:組織の特徴的な構造、構成、機能のこと。
血流豊富:過剰な数の血管を持つこと。
免疫組織学的解析:免疫組織化学としても知られ、組織切片におけるタンパクの発現をみることができる手法です。この手法は目的のタンパクを認識する抗体の使用が必要です。目的のタンパクは蛍光物質や酵素、または金コロイドによって可視化されます。
細胞質内:細胞の内側
M1症例:遠隔転移のある症例。
悪性黒色腫:悪性度の高い皮膚癌
転移病巣切除:転移巣を手術で取り除くこと。
転移:がんが元々存在した原発巣から、他の部位に拡がること。
ミトコンドリア:ほとんどの真核細胞に存在する膜で囲まれた小器官
罹患率:病気になる危険率
傍神経節:傍神経節(またはクロム親和体)は交感神経幹と腹腔神経叢・腎神経叢・副腎神経叢・大動脈神経叢・下腹神経叢の神経節とを結合するクロム親和性細胞の小集団
画像:放射線画像とはX線を用いて、人体などの不均一な構成物の横断面を可視化すること。
体性の:身体の
シナプトフィジン:シナプトフィジンは主なシナプス小胞タンパクであるp38としても知られ、ヒトではSYP遺伝子によってエンコードされるタンパクです。
組織マイクロアレイ:組織マイクロアレイ(TMAsともいう)は、パラフィンブロックから成り、このブロック内には複合的な組織解析を行うために1000個にも至る別個の組織片が配列されています。
転写因子:DNA配列に結合するタンパクで、DNAからmRNAになる遺伝子情報の移動(または転写)を制御します
転座:転座とは遺伝子の断片が、ある染色体の場所から他の染色体の場所に移動することで、しばしば遺伝子発現が変化し、異常なタンパクを作るようになります。